吉岡里帆の出身はどこなのでしょうか。親しみやすい可愛さと品のある美しさで、CMでもおなじみになっている人気女優です。
タレントとして持っている雰囲気や立ち振る舞いには、生まれ育ちの環境も大きな影響を与えているケースが良くあります。
吉岡里帆の出身地や、女優を目指したきっかけなどについてお伝えしましょう。
吉岡里帆の出身は
吉岡里帆(よしおかりほ)は京都市右京区の出身で、1993年1月15日生まれの27歳(B型)。生まれ育った右京区には、日本映画の歴史とも言える太秦(うずまさ)があります。
東映太秦映画村で有名な東映京都撮影所や松竹撮影所が現在もあり、大映通り商店街には約5mの大魔神像が立っています。太秦はキネマの街なのです。
街を歩いたりお店に入ったりすると、著名な役者や女優などに出会えるチャンスがある、そのような地で吉岡里帆は育ちました。
映像関係の会社を経営する父や、様々な芸能文化に親しむ母・祖母の影響を受けて、幼少期より芸能が身近な存在で、距離感がとても近かったのでしょう。
公式プロフィール:https://www.ateam-japan.com/ateam/yoshiokariho/
女優を目指したきっかけは
女優を目指したきっかけは、アルバイト先で誘われて映画のエキストラに出演したことでした。2012年に公開された映画「天地明察」です。
撮影時には高校3年生で、その撮影で知り合った友人に誘われて見た「蒲田行進曲」の舞台に心を打たれ、女優の勉強をしようと決意。アルバイトを掛け持ちしながら、俳優養成所に東京まで夜行バスで通う生活をします。
5年間東京に通い、女優の勉強と下積みで苦労を重ねる意志の強さを感じます。
女優になっていなかったら書道家か落語家?
女優の道に専念するか迷ったのが、7歳から打ち込んできた書道8段の腕前・書道家の道です。進学校の府立嵯峨野高校から進学先の大学に選んだ道は、書道の名門・京都橘大学文学部の書道コース。
大学3年で女優に専念することを選ぶ際、大学の先生など周囲の反対が多い中、後押ししてくれたのは小学生から教わってきた書道教室の恩師です。
「書道はいつでもまたできるから、今しかできないこと、好きなことをやりなさい」という言葉でした。また落語も子供の頃から好きで、家族と寄席によく行き親しんでいました。
特に桂春蝶さんの落語が好きで、アルバイト先の嵐山で近くの高座を度々訪れるほど。女優の下積みをしている際にも、桂春蝶さんに落語を教えてほしいと直談判し、数回稽古をつけてもらうほど落語が好きなのです。
もし女優の下積み時代が続いていたとしたら、落語家転身もあり得たのかもしれません。美人落語家としても見てみたいですね。
女優として飛躍
22歳の2015年に上京した年に掴んだ、NHK連続テレビ小説「あさが来た」での田村宜役が、大きな飛躍へのきっかけになりました。
その後ドラマや映画に抜擢され、人気女優へと成長。今ではCMにも引っ張りだこです。UR都市機構のURであーるガール、日本コカ・コーラの綾鷹、ソフトバンクのY!mobile、日清食品どん兵衛のどんぎつね、江崎グリコのパピコなど、他にもたくさんあります。CM女王と呼ばれる日も近いかもしれません。